概要
この本は、タイトルの通り OECD Education2030プロジェクトに関する解説が主となっています。これから、より不確実性の増す、見通しの立たない2030年に必要となるコンピテンシー、そしてそれを育むためのカリキュラムの方向性を定めたのが、このプロジェクトです。
この本の筆者は文部科学省という立場からこのプロジェクトに関わっており、日本という立場からこのプロジェクトにどのように影響を及ぼしたか、日本の立場から見たプロジェクトの中身について、筆者ならではの視点から解説が加わっているのも特徴です。
感想
特に本の前半にあたる4章までが、コンピテンシー・エージェンシー・ラーニングコンパスといった重要単語の解説になっており、個人的に強く印象に残ったところでした。
後半のEducation2030プロジェクトにおけるカリキュラム分析の話では、カリキュラムは「意図されたカリキュラム・実施されたカリキュラム・達成されたカリキュラム」の三つに分割することができ、それぞれの齟齬をどうやって減らしていくかについて言及されていたのが興味深かったです。
その実現方法の一つとして「カリキュラムの策定を分権化し、地方や教室など生徒に近いレベルで策定が可能にする」という案があるが、それは「生徒間や地域間での公平が担保されずに学力に差がついてしまう」と論じられていた点については、まさに最近のICT教育やGIGAスクール構想でも同じことを最近感じているところだなーと感想を持ちました。
特に印象に残ったところ
自分が特に印象に残ったところのみまとめました。詳細は原著を参照ください。
DeSeCoによるコンピテンシーの概念
コンピテンシーは、「ある職務または状況に対し、基準に照らして効果的、あるいは卓越した業績を生む原因として関わっている個人の根源的特性」と定義されることもあったが、さまざまな研究により定義が曖昧になっていた。
そこで、コンピテンシーは1997年に、OECD Educationプロジェクトの前身である DeSeCo (Definitions and Selections of Competencies) プロジェクトで取り上げられ、様々な形で解釈・定義されていたコンピテンシーの概念を整理することが行われた。
DeSeCo が考えるコンピテンシー概念の特徴は以下の2点となる。
- 統合的な視点に立つこと:大切なのは、ここの知識やスキルを必要な場面で組み合わせて発揮していくこと
- 文脈に即して捉えること:ある状況の中で求められていることに呼応した行動を重視すること
しかしこの特徴に合致するコンピテンシーというものは、多種多様なものが考えられるので、DeSeCo ではこの中から中核となるものを抽出する作業が行われた。その際の基準は以下の通り。
- 学習可能であること
- さまざまな文脈における重要で複雑なニーズを満たすために役立つこと
- 誰にとっても重要であること
- メタ認知など高次のスキルを含むこと
- 社会的に高い価値が認められる結果につながること
最終的には、以下のように三つのキー・コンピテンシーが掲げられることとなった。
- 異質な人々から構成される集団で相互に関わり合う力
- 自律的に行動する力
- 道具を相互作用的に用いる力
また、このキー・コンピテンシーの枠組みの中心には、省察・思慮深さが置かれており、メタ認知的な技能が重要であるという観点が反映されている。
図は 国立教育政策研究所 - 研究案内 - 生涯学習政策研究部 より引用
コンピテンシーと日本の学習指導要領
2017年から2018年にかけて行われた日本の学習指導要領改訂も、コンピテンシー重視の動きに連なるものであった。
日本の学習指導要領において、コンピテンシーに当たる「資質・能力」という言葉を採用し、その資質・能力を「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性」という3つの柱で構成している。
学習指導要領:校内研修シリーズ No9|NITS 独立行政法人教職員支援機構 も参考のこと
Education2030 プロジェクトの目的
二つのテーマが掲げられている。
- 生徒が未来を生き抜き、世界を作っていくためには、どのような知識やスキル、態度及び価値観が必要になるのか
- 教育システムは、どのようにして、これらの知識やスキル、態度及び価値観を効果的に育成することができるのか
前者は「何を」に焦点が当てられており、後者は「どうやって」に焦点が当てられている。
ラーニングコンパス
ラーニング・コンパスは、幅広い教育の目標を支え、『私たちが実現したい未来』、すなわち個人及び集団としてのウェルビーイングの実現に進んでいくための方向性を示すものである
また、生徒が自分で道筋を選び、未知の状況においても自らの力で切り開いていけることを意図して、「コンパス」という表現が選ばれた。
画像はOECD_LEARNING_COMPASS_2030_Concept_note_Japanese.pdfより引用
- コンパスの針の部分に、コンピテンシーの構成要素として、知識・スキル・態度及び価値観が示されている
- コンパスの円周の内側に、リテラシーやニューメラシーなどの発達の基盤が示されている
- コンパスの円周の外側に、変革をもたらすコンピテンシーが示されている
- このコンパスの外周を装用にして、AARサイクルが示されている
- AARサイクルとは、見通し→行動→振り返りの一連の流れのこと
- こうしたラーニング・コンパスを用いる上で重要な「生徒のエージェンシー」と目標として「2030年のウェルビーイング」が示されている
- 2030年のウェルビーイングとは、経済的指標を高めることのみではなく、包括的に人間が心身ともに幸せな状態に移行することを目標としている。
ラーニング・コンパスは評価やカリキュラムの枠組みではなく、「学習枠組み」として強調される。これはつまり、学習が学校だけで行われるのではないという、脱学校的な思想を含むものである。家庭や地域コミュニティを含めたさまざまな場面全体を通して、生徒のコンピテンシーは育まれることを意味している。
エージェンシー
エージェンシーとは、「変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任を持って行動する能力」として定義されている。
エージェンシーには、「エージェンシーというコンピテンシーを育成する目標としてのエージェンシー」と、「コンピテンシーを育成するプロセスとしてのエージェンシー」の二つの側面があるとされている。エージェンシーは一種のコンピテンシーであり、人は幼少期から自己を発達させ、エージェンシーを獲得していく。その一方で、エージェンシーを発揮することで、自らの学習をより良いサイクルとして改善していくことができる。
生徒のエージェンシーは一人で育まれるものではなく、周囲の人や環境の中で育まれていく。そのためには周囲の人々とともにエージェントを発揮することが必要である。こうした他者とともに発揮するエージェンシーのことを共同エージェンシーと呼ぶ。他者の発想を活用したり、視点を共有したりすることがより一層求められる状況となる。
教師はもちろん、周囲のコミュニティの大人全員が、生徒のエージェンシーを育むんでいくことについて、責任を持ち、生徒とともに共同エージェンシーを発揮することが期待されている。
2030年に求められる知識の類型
教科横断的な知識
よりVUCA(不確実性の高い、将来を予測することが困難)な2030年の世界において、複雑な問題に対処するためには、各教科を超えた横断的な思考が必要になる。教科横断的な知識は、ある知識を他の分野へと転移するために必要な知識となる(教科横断的な知識は、より基礎的な「教科の知識」の基盤の上に成り立つということは忘れてはならない)。ここで、転移とは、すでに学んだことを新しい場面や文脈で使用できる状態のことを指す。
こうした教科横断的な知識を育成するためのカリキュラム上の工夫がいくつか紹介されていたので取り上げる。
- キー・コンセプトやビッグ・アイディアに関する学習
- 概念相互の関係性の特定
- テーマに沿った学習
- 教科科目の再編統合や新設
- プロジェクト型学習(PBL)
エピステミックな知識
エピステミックな知識とは、各教科の学問原理をどう捉えるかという考え方や手続きに関する知識。これを獲得することで、生徒は学習の目的を見つけたり学習をどのように適用するかについて理解できる。
日本の学習指導要領では各教科固有の「見方・見え方」がエピステミックな知識とほぼ同義のものとして使用されている。
変革をもたらすコンピテンシー
DeSeCo で定義されたキー・コンピテンシーは2030年の時代においても重要なものとして認識されているが、時代に応じて求められるキー・コンピテンシーも変化すると考えられる。ラーニング・コンパスでは、以下の3つを「変革をもたらすコンピテンシー」と名づけ、2030年の新たなキー・コンピテンシーを位置付けている。
- 新たな価値を創造する力
- 対立やジレンマに対処する力
- 責任ある行動を取る力